受け取れなかった箱と、受け取り損ねた気持ち

夜の空気がまだ冷たくて、部屋の暖房の残り香だけが、今日もちゃんと一日を終わらせてくれるみたいに漂っていました。帰宅してコートを脱いだ瞬間、肩が「お疲れ」と言うより「やっとだね」と呟いた気がして、私はその声にうなずくふりだけして、キッチンのシンクに手を置きました。水を出すほどでもないのに、何かを「やった」ことにしたくて。
玄関の足元には、不在票。紙って、こんなに軽いのに、妙に重たい顔をしますね。私はそれを拾い上げて、電気の下で確認して、いったんテーブルに置いて、また拾って、また置いて、という無駄な往復をしました。完全に、気持ちの迷子。
小さな出来事はそれだけで、ただの「荷物を受け取れなかった日」。
不在票の印刷がちょっと掠れていて、配達員さんの筆圧だけがやけに力強いのも、今日の私には妙にリアルでした。自分の家の住所が、他人の手で書かれているのって、当たり前なのに少しだけ“監視されてる感”がある。…いや、監視じゃなくて、ただの配達です。わかってるのに、心が勝手に話を盛る。
そして私は、こういうときに限って「誰にも見られたくない」と思うくせに、集合ポストの前で不在票を眺めている姿は、普通に見られてもおかしくない。自意識って、だいたい現場の防犯カメラより役に立たない。
今日、家に帰る途中で、エレベーターが点検で止まっていました。階段で上がるしかなくて、手すりが冷たくて、途中で息が上がって、私は自分の体力のなさに、また小さくがっかりしました。
踊り場で一瞬止まったとき、下から上がってきた隣の部屋の人が「こんばんは」と軽く会釈してくれて、私は「こんばんは」と返しながら、なぜか心の中で“ちゃんとした人だ”って思ったんです。会釈がちゃんとしてるとか、そんな理由で。
その直後に思いました。私、最近こういう「ちゃんとしてる/してない」を、人にも自分にも付けすぎてる。息が上がってる自分に対しても、「体力がない=だらしない」みたいに短絡してしまう。
わかる…って、こういう自分の雑なジャッジに疲れてる人、きっといる。
そういえば、この荷物は「エステダム リフシス クリームマスク 50mL」——50mLで、原産国はフランス、という表示があるみたいで、数字と国名だけ見るとやけに“ちゃんとしてる感”があるんですよね。
中身が何であれ、フランスって書かれてるだけで、私の部屋の生活感が一瞬だけ薄まる気がする。完全に気のせい。でも、気のせいって意外と大事で、今日みたいな日には、そういう小さな“錯覚の救い”がありがたかったりします。
その後、私は湯沸かしポットでお湯を沸かして、カップに入れて、飲みもしないのに机の上に置きました。手を温めるためだけ。
温かいものに触れていると、思考が少しだけ鈍くなって、鈍くなると、過剰な採点が止まる。私はたぶん、そういう「手を温める」みたいな小さなスイッチでしか、自分を落ち着かせられない日がある。
それを“未熟”と呼ぶのか、“人間っぽい”と呼ぶのかは、たぶん人それぞれで、私はまだどっちの言い方にも慣れていません。
ついでに、今日の私の言い訳メニュー(しょうもない)をここに置いておきます。
・仕事が長引いたから仕方ない
・寒いから行動力が落ちるのは自然
・受け取れなかったのはタイミングが悪かっただけ
・そもそも受け取らなくても人生は続く
……書いてみると、最後が雑すぎて笑う。こういう雑さが、私の本音の逃げ道なんだと思います。
でも、今日の私にはそれが、少しだけ刺さりました。
誰にも言わなかった本音は、たぶんこうです。
「忙しいって言えば許されると思ってない?」
……自分に対して、です。仕事が長引いたとか、電車が混んでたとか、そういう正当な理由は確かにあるのに、私の中の小さな監督みたいな人が、いちいち点数をつけてくる。あれ、私、いつから自分の生活に採点制を導入したんだろう。
今日は昼休みに、仕事用のチャットで同僚が「最近、宅配を玄関前に置いてくれるサービス助かるよね」と書いていて、私は「わかるー!」と返しながら、内心でちょっとだけひっかかっていました。助かるって言える人、ちゃんとしてるな、って。
私は助けられるのが苦手で、苦手というより、受け取るのが下手で、受け取れない自分にイラッとして、また受け取りそこねる。生活が「詰み」ってほどじゃないのに、そこそこ詰まってる感じ。わかる…って、言いたいのに、言うと余計にダメな気がして黙ってしまう、あの感じ。
1つ目の揺れ:不在票を「見なかったこと」にしたい

不在票を見た瞬間、私は反射的にスマホを開いて再配達の手続きをしようとして、指が止まりました。
「今やらなくてもいいよね」
この台詞、私の中では便利な免罪符です。今じゃなくてもいい、って言うことで、未来の私に仕事を押しつける。未来の私が、今の私と同じ顔してることを知ってるくせに。
結局、私は手続きもせず、冷蔵庫を開けて、何か食べるものを探しました。食欲があるわけじゃなくて、目の前の現実から目を逸らすための作業。冷蔵庫って、いつも「とりあえずここに寄れば安心」みたいな顔をしてるのがズルいです。
不在票の荷物は、楽天で頼んだ「エステダム リフシス クリームマスク 50mL」。箱の中身が何かって、別に秘密でもないのに、今日の私はその箱を受け取ることに、変な緊張がありました。
スキンケアの話をしたいわけじゃなくて、あの箱が「私が私のために何かを用意した証拠」みたいに見えて、受け取れなかったことで、その証拠がいったん宙ぶらりんになった感じがして、落ち着かなかったんです。
それって、たぶん「自分のためにやったこと」を、ちゃんと受け取れない癖の話です。
ちなみにこのクリームマスクは、公式の説明だと“トリートメントマスク”で、ナイトマスクとしても使えるタイプで、うるおいとハリ・弾力のある肌印象へ導く、という位置づけらしいです。
独自テクノロジーとして「オー セリュレール」や、TCS(タイム コントロール システム)、リフトテクノロジー、リペアテクノロジー+が紹介されていて、読んでいると「へえ、すごそう」が先に立つやつ。
使用方法も、週に2〜3回、クレンジング後の乾いた肌に厚く塗って15分置き、洗い流す、という手順が基本みたいで、やり方だけ見ると意外とシンプル。
……こういう情報を読むのは得意なのに、受け取るのは下手って、我ながら極端です。
2つ目の揺れ:誰かに頼ることと、生活のプライド

夜、母から「最近どう?」って短いLINEが来て、私は「ぼちぼち」と返して、すぐ既読がついて、また「ちゃんと食べてる?」って追撃が来ました。
心配してくれてるのはわかる。わかるのに、私はその優しさを、なぜか“管理”みたいに受け取ってしまうときがあります。自分でも嫌いな癖。
本音を言えば、今日は「受け取れなかった箱」のことが頭に残っていて、ちゃんと食べてる?の質問が、頭の中で勝手に「ちゃんと生きてる?」に変換されてしまった。
私は「大丈夫だよ」と送って、スマホを伏せました。
その瞬間、部屋が少しだけ静かになって、私は、静かになったぶんだけ、寂しさが増えるのを感じました。
頼ればいいのに。頼るって、別に負けじゃないのに。そう思いながら、頼るための言葉を作るのが面倒で、結局いつもの「大丈夫」。
たぶん私は、生活の中の小さな部分で、ずっと小さなプライドを守っていて、そのプライドが、私を守る日もあるけど、同じくらい私を孤独にする日もある。
不在票ひとつで、ここまで気持ちが動くのって、面倒くさいですよね。自分でもそう思います。
でも、こういう“面倒くさい揺れ”って、忙しさの中でスルーされがちで、放っておくと、ある日まとめて重くなってくる。私はそれを、何度か経験していて、だから今日は、少しだけ立ち止まりたくなりました。
3つ目の揺れ:再配達のボタンを押せない理由

再配達の手続きなんて、数分で終わります。番号を入力して、時間帯を選んで、送信。
なのに私は、その「送信」の前で止まっていました。
理由は、たぶん単純で、「受け取れなかった自分」を確定させたくなかったから。
再配達を頼むって、つまり「私は受け取れませんでした」と認めることみたいに感じてしまったんです。たかが宅配、されど宅配。私の中では、受け取りは生活能力の象徴みたいになっていて、そこが欠けると、全部が連鎖して崩れそうな怖さがある。大げさなんだけど、今日の私には本当にそんな感じでした。
でも、指が止まったままのスマホ画面を見ていると、別の違和感が浮かびました。
私、いま「受け取れなかったこと」じゃなくて、「受け取れない自分でいること」を守ってない?
守るって何、って思うけど、私の癖ってたぶんそうで、うまくいかない状態をいったん抱え込むと、そこから出るのが怖くなる。
変わるのって、嬉しいはずなのに、変わるって、手続きがいる。ボタンを押すみたいに。
だから私は、今日は「送信」を押しました。ドラマみたいに大きな決意じゃなくて、むしろ「はいはい、押せばいいんでしょ」みたいな、ちょっと投げやりなノリで。
でもその投げやりさが、今日の私にはちょうどよかった。まじめにやると、また“採点制”が始まってしまうから。
後半の小さな気づきは、たぶんこれです。
私は、自分の生活を整えることを、どこかで「上手にやらなきゃいけない競技」みたいに思っていて、失敗すると恥ずかしいから、恥ずかしくならないように“最初からやらない”を選んでしまう。
でも、生活って競技じゃなくて、わりと普通に失敗しながら続くものだし、失敗したらやり直せるようにできてる。再配達みたいに、仕組みとして。
「やり直せる」って、ほんとはすごく優しい言葉なのに、私はそれを自分に向けるのが下手だった。今日の違和感は、そこでした。
締めは、余韻を残したいので、結論っぽく言い切らないでおきます。
明日、箱を受け取ったら、私はきっと少しだけ安心して、少しだけ「自分のために用意したもの」を受け取れた気がすると思う。
その“少しだけ”を、私はこれからも何度も積み重ねていくのかな。
あなたは最近、受け取り損ねたもの、ありませんか。言葉でも、好意でも、ただの箱でも。




