澱(おり)って、なんだか私の心みたいだと思った夜

22:47。洗い終わったマグカップを伏せたまま、キッチンの蛍光灯だけが白くて、部屋の奥はちょっと暗い。コンビニの袋はちゃんと畳んで捨てたのに、私の中の「今日」は畳めないまま残っている。
仕事(というか、今日の私)でうまくいかなかったことが一つあって、誰かに愚痴るほどでもないのに、黙って抱えるには微妙に重い。そういう、説明できないサイズの失敗って、一人暮らしの部屋に似合う。小さいのに、目につく。
スマホを開く指が、いつもの癖で“整えるもの”を探しにいく。
サプリ、温活、ストレッチ動画、酵素ドリンク――。
「明日の私が、今日の私を許してくれる何か」が欲しいだけなのに、検索窓はいつも正解を出したがる。
そこでふと目に止まったのが、濃縮練り酵素【houbi(宝美)】。
酵素“ドリンク”じゃなくて、練り酵素。しかも“澱(おり)から生まれた濃縮”って書いてある。
澱って、底に沈むやつ。
きれいに見える液体の、最後に残るもの。
見せたくない部分、みたいな。
私はその単語だけで、少し心が動いた。
「寝る前のご褒美」という言葉に、今日はうまく乗れなかった
サイトの説明を読みながら、「寝る前に、カラダが喜ぶご褒美」みたいなニュアンスの言い方が、やけに目に入った。寝る前って、いちばん自分に嘘がつけない時間だ。
今日の私は、頑張った自分を褒めたいわけじゃなくて、むしろ“頑張れなかった自分”をうまく扱いたかった。
houbi(宝美)は、植物発酵液の栄養が濃縮している“澱(おり)”の部分をベースに、酵素ドリンクを濃縮した練り酵素に、山ぶどうやブルーベリーをプラスしたものらしい。内容量は5g×30本で、持ち運べるスティック型。原材料には野草や野菜、果物がたくさん並んでいて、山ぶどう(レスベラトロール)やブルーベリー(アントシアニン)という言葉もあった。
……でも、今日の私は“ちゃんと”が苦手な日だった。
ちゃんと報告できなかった。
ちゃんと聞き返せなかった。
ちゃんと笑えなかった。
ちゃんと、に追いかけられて、帰宅したら反動でコンビニスイーツを食べてた。
(パッケージの写真は上手に撮れてた。そこだけは。)
練り酵素って、ドリンクみたいに「一気に飲み干して、はい完了」じゃない。
一口で、口の中に留まる。
だからこそ、“自分のために手間をかける”というより、“自分のために立ち止まる”感じがした。
味についても、プルーンとキウイをぎゅっと濃くしたような美味しさ、と紹介されていた。甘いのに、ちゃんと果実の影がある味。夜の静けさの中で、それを口に入れる自分を想像したら、ちょっとだけ呼吸が深くなった。
「初回購入」というボタンの前で、私は変なところで迷う。
“初回特別”って言葉を見ると、だいたい二つの気持ちになる。
ひとつは、ちょっと得したい気持ち。
もうひとつは、得してもいい自分なのか、っていう謎の遠慮。
昔から、コンビニのレジ横で“おすすめ”されたら断れないタイプなのに、ネットの“おすすめ”には妙に疑い深い。レビューが良いと逆に怖くなったりして。
たぶん私は、何かを買うとき「良くなりたい」より「今のままじゃ嫌だ」が先に来るから、買い物が自己否定っぽくなる。
houbi(宝美)の“澱(おり)”って発想は、私のその癖を、少しだけ優しくしてくれる気がした。
上澄みのキラキラじゃなくて、沈んだものを拾い上げている。
見た目の“整った私”じゃなくて、ぐちゃっとした私の方にも、意味があるって言われてるみたいで。
もちろん、食品だから、これで何かが劇的に変わるとは思っていない。
体調のことも、美容のことも、生活のことも、本当は一つのアイテムで解決しない。
でも、“解決しない”と分かっていても、私は夜になると、解決しそうなものに触れたくなる。
買うか買わないか、のボタンの前で、私が悩んでいたのはたぶん「変わる勇気」じゃなくて「変わらなくても許される場所」だった。
houbi(宝美)を買ったら、明日の私が少しマシになるかもしれない。
でもそれ以上に、今日の私が「このままでもいいよ」と言ってもらえる気がして、指が震えた。
澱(おり)を混ぜないまま、生きていける人っているのかな
澱って、沈む。放っておいたら、勝手に下に溜まる。
私は今日の失敗も、見栄も、遠慮も、そうやって沈めて、見えないふりをしてきた。
でも、沈んだものがある限り、上澄みだけでは生きられない。時々、底の重さで心が傾く。
澱を“濃縮して”食べるって、なんだか不思議だ。
捨てるものじゃなくて、価値にする。
それは、私がいつもやっている「都合の悪い感情を冷蔵庫の奥に押し込む」やり方と、真逆。
初回購入を押した瞬間、胸が軽くなったわけじゃない。
むしろ、「また買っちゃった」と一瞬思った。
でもすぐに、「今日の私に、何かを渡した」という手触りが残った。
それは、“正解”を手に入れた感覚じゃなくて、“揺れても戻ってこれる場所”を一つ増やした感じ。
明日届いたら、寝る前に一本。
プルーンみたいな甘さで、キウイみたいな酸味で、口の中に夜を留めてみる。
そのとき私の澱は、少し混ざるのか、まだ沈んだままなのか。
答えは急がない。
たぶん私は、澱ごと生きていく練習をしている。




