探し物で心がざわつく日は要注意、疲れが表に出る前に整えたかったこと

今朝、カーテンの隙間から入ってきた光がやけに白くて、部屋の空気だけが冬のまま取り残されているみたいだった。暖房のリモコンを探して、見つからなくて、結局ソファのクッションの隙間から出てきて、「こういう小さな手間が、私の一日をじわじわ削るんだよな」と思う。日曜の朝なのに、身体の奥がもう平日みたいに固まっていて、起き上がった瞬間に首の後ろがピキッと鳴った。まだ何もしていないのに、何かに追われている感じだけが先に来る。
洗面所で顔を洗って、鏡の前でぼんやりしていたら、スマホが机の上でブルブル震えた。通知の赤い点が増えていくのを見て、なぜかそれだけで胃がきゅっと縮む。別に急ぎの用じゃない、たぶん。だけど、私の頭は勝手に「全部返さなきゃ」「見落としたらまずい」「遅れたら嫌われる」みたいな方向に転がっていく。こういうときの自分、ちょっと面倒くさい。わかってるのに止められない、っていう意味で。
今日の小さな出来事は、ほんとうにしょうもない。出かける前に、玄関でイヤホンケースを探して五分、見つからなくて、諦めて鍵を開けた瞬間に、足元にころんと転がっていた。さっきまで、そこに無かった顔をして。私は思わず「は?」って声が出た。ひとり暮らしの部屋で、自分に向かって「は?」って言うの、冷静に考えるとけっこう寂しい。でも、その寂しさを感じる前に、私はもうイラッとしていた。五分のロスが、予定の遅れが、今日の余裕を削っていく感じが、嫌だった。
そしてそのとき、誰にも言わなかった本音が、ぬるっと出てきた。
「私、こんなことでイライラしてる時点で、もう不調の入口に立ってない?」
……って。自分で自分を疑うみたいで嫌なんだけど、でも、こういうイライラって、体調が崩れる前日に必ず出てくる。風邪の前日に、妙に涙もろくなったり、やたら甘いものを欲しがったり、意味なく人に当たりたくなったり、そういう“予兆”みたいなやつ。私は昔から、体調そのものより、その手前の「荒れはじめ」を見逃しやすい。
不調って、急にドーンと来るようでいて、実は小さな合図が何度も鳴っている。よく言われるのは、睡眠不足やストレス、冷え、疲労の蓄積みたいな分かりやすいものだけど、それ以前に、呼吸が浅くなっていたり、肩が上がったままだったり、画面を見つめる時間が増えて目の奥が固くなっていたりする。自律神経って言葉を聞くと急に胡散臭い健康番組みたいになるけど、要するに「自分の中のリズム係」がバタつくと、身体も心も連鎖して調子が落ちる、という話で、私は最近それをすごく実感している。
予定を詰めたくなる癖に、まず気づく

私は、調子が悪くなりそうなときほど、なぜか予定を詰めたくなる。これ、ほんとに意味が分からない。たぶん不安になると、何かを埋めて「私は大丈夫」って証明したくなるんだと思う。買い物、掃除、連絡、作業、未来の自分への段取り。全部やっておけば安心、みたいな顔をして、結局は自分の首を絞めている。
今日も、イヤホンが見つからないだけで、頭の中では「このあと電車が混んだら」「人が多かったら」「帰ってから洗濯も回して」「あ、あの返信もしなきゃ」って、まだ起きてもいない不快が列を作って待っていた。私は、未来の疲れを先取りして、今の自分を疲れさせる天才かもしれない。
だから今日は、玄関でイヤホンを拾い上げたあと、そのまま一回、靴を履くのをやめた。ドアを閉めて、深呼吸して、コートのボタンを外して、ほんの三十秒だけ立ち止まった。これが“整える”の第一歩だった。大げさじゃなくて、私の場合は「立ち止まる」だけで、身体の中のガタガタが少し静まる。
「こんなことしてる暇ない」って心の中のせっかちが騒ぐけど、実は逆で、こんなことをしないから不調になる。忙しいときほど、呼吸を深くする時間が必要だって、最近ようやく分かってきた。わかる…って、誰かが言ってくれる気がする。忙しい日のほうが、なぜか深呼吸が一番贅沢に感じるんだよね。
体調の“天気予報”は、感情の雑さで分かる
不調の前兆って、私の場合、熱や喉の痛みより先に「感情の雑さ」で出る。優しくしたいのに言葉が尖るとか、笑って流せるはずのことに引っかかるとか、静かな音がうるさく感じるとか。今日の「は?」も、完全にそれだった。
こういうとき、私は自分を責めがちで、「また余裕ない」「大人なのに」って思ってしまう。でも、責めても何も整わない。むしろ責めることで、余計に緊張して、身体が固くなる。だから最近は、“感情が荒れてきたら黄色信号”とだけメモするようにしている。自分を裁かないで、観察だけする。
観察すると、意外と原因が見える。昨日の夜、寝る前まで画面を見ていたこと。肩が冷えていたこと。昼間に外の光を浴びていないこと。水分が足りていないこと(これは食事の話というより、単純に“飲む”のを忘れる)。ひとり暮らしって、誰も「寒くない?」とか「休みなよ」とか言ってくれないから、自分で自分の天気を見ないといけない。
今日、私は出かける前に、スマホの通知を一部だけ切った。全部は怖くて無理だった。仕事の連絡は残して、SNSとニュースアプリだけ消した。それだけで胸のざわつきが少し減って、「私の脳みそって、意外と単純だな」と笑ってしまった。情報って、栄養にもなるけど、過剰になると胃もたれする。私はたぶん、情報で胃もたれして、吐きそうになっていた。
“整える”は、気合いより「摩擦を減らす」こと

整えるって聞くと、ちゃんとしたストレッチとか、朝活とか、部屋を完璧に片付けるとか、そういう“意識高いセット”を想像しがちだけど、私にとってはむしろ逆だ。気合いを入れると続かないし、続かないと自己嫌悪が増えて、それがまた不調の燃料になる。
私が今日やったのは、摩擦を減らすことだけだった。イヤホンが見つからないストレスを二度と味わいたくなくて、帰宅してすぐ、定位置を作った。玄関の小さなトレーに、鍵とイヤホンケースとリップクリームを置く。たったそれだけ。生活の中の“探す”を減らすと、驚くほど心が静かになる。探し物って、心の余裕を細かく削る砂みたいだ。
それから、部屋の明かりを一段落として、音を減らして、深呼吸をもう一回。体調が悪いわけじゃないのに、これをすると、身体が「助かった」みたいな反応をする。肩が下がって、目が少し潤んで、呼吸がちゃんとお腹に入る。整えるって、身体を“よくする”より、まず“戻す”ことなんだと思う。元のニュートラルに戻してあげる。
不調が出ないように整える、って、結局は「不調の入口で引き返す」ことなのかもしれない。完全に崩れてから立て直すのは大変で、薬や休養が必要になる。でも入口なら、靴を履き直すだけで戻れる日もある。今日の私は、その入口で立ち止まれた。たぶん、ぎりぎりだった。
帰り道、駅のホームで電車を待っているとき、広告の音とアナウンスと人の咳払いが、同じレーンで一気に流れ込んできて、頭の中が「ビリビリ」ってした。大げさじゃなく、音そのものより“気を張る感じ”がしんどい。私は反射的にスマホを開いて、また通知の数字を確認しそうになって、そこで手が止まった。癖って怖い。しんどいときほど、しんどくなる方を選びそうになる。
そのとき、ふと昔の自分を思い出した。体調が崩れるたびに、「もっと頑張れたのに」「ちゃんとしてれば良かったのに」って、原因探しという名の反省会をひとりで延長して、結局眠れなくなって、翌日もっと不調になる、という最悪のループ。今思うと、あれは“反省”じゃなくて、ただの追い込みだった。追い込むと、自分の身体は硬くなるし、呼吸は浅くなるし、肩は耳に近づくし、血流だってたぶん悪くなる。分かってるのに、当時の私は「気合い」でしか解決できないと思っていた。
だからホームでは、スマホじゃなくて、足の裏に意識を向けた。つま先、かかと、靴の中の圧。掌を握って、ほどいて、もう一回。息を吸って、吐く。誰にもバレないくらいの小さな動作なのに、身体が少しずつ“自分に戻る”感じがある。こういうのって、スピリチュアルじゃなくて、ただの生理現象なんだと思う。交感神経が張りっぱなしのときに、意識を今に戻すと、過剰な警戒がちょっと緩む。緩むと、肩が下がって、視界が広がる。視界が広がると、心も少し広がる。すごく単純。
家に着いて、手を洗って、コートをハンガーに掛けた瞬間、また「やること」が頭に浮かんだ。洗濯、床、返信、来週の予定。私はそのまま勢いで動き出しそうになって、台所の前で止まった。止まって、冷蔵庫の扉に貼ったメモを見た。「やること」じゃなくて、「やらないこと」も書いてあるメモ。最近ふざけて書いたのに、今日の私には効いた。
・疲れてる日に、夜の長電話をしない
・寝る前に“答えの出ない考え事”を始めない
・気分が荒れてるときは、結論を出そうとしない
これ、全部、過去の私がやらかしてきたことだ。ひとり暮らしの夜って、静かすぎて、考え事が育ちやすい。育った考え事は、だいたい朝になっても役に立たない。なのに、夜の私はそれを“人生の会議”みたいに扱ってしまう。わかる…って、誰かに頷かれたい。
今日は、会議を開かない代わりに、部屋の中の“光”だけ整えた。明るい天井の灯りを消して、間接照明にして、テレビもつけない。情報の音を減らすと、体の奥がふっと緩む。人間の身体って、光と音にこんなに左右されるんだな、と毎回ちょっと驚く。ちゃんと眠るためには、寝る時間そのものより、寝る前の一時間が大事らしい、って聞いたことがあるけど、たぶん本当だ。私は寝る前の一時間で、次の日の自分に借金もできるし、貯金もできる。
整えるって、“頑張る”じゃなくて、“余計な刺激を引く”ことでもある。刺激を引くと、空いた場所にようやく自分の声が戻ってくる。戻ってきた声は、だいたい小さい。「今日は無理しないで」「早めに横になりたい」「返信は明日でもいい」。小さいけど、嘘はついてない。私はその声を、聞こえないふりしないようにしたい。
夜になって、窓の外の冷たい空気を入れ替えるために少しだけ換気した。冷気が入ってきて、部屋の匂いが変わる。冬の匂いって、なんだか背筋が伸びる。私はソファに座って、今日一日の自分の雑さを思い出して、少しだけ笑った。完璧じゃないし、たぶん明日も探し物をする。でも、探し物でイラッとした自分を「ダメ」って切り捨てずに、「あ、黄色信号だね」って言えるようになっただけで、今日は少し整った気がする。
あなたは、最近どんな“小さな黄色信号”を見つけましたか。見つけたとき、立ち止まる余白は、ほんの三十秒でも取れそうですか。




