ちゃんと閉まらないタッパーに疲れた私が、少しだけ前向きになれたキッチンの選択

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スープがこぼれた帰り道、暮らしを立て直したくなった夜に選びたい保存容器の話

女性 キッチン

冬の夕方って、部屋の空気がいちばん「ひとり」を強調してくる。

今日は18時すぎ。帰宅して、コートを脱いだまま、暖房をつける前の数分。キッチンの床が冷たくて、靴下越しに足先がじわっと痛い。コンビニで買った小さな袋を置いて、スマホをテーブルに伏せた瞬間――画面の反射に、ぼんやりした自分の顔が映った。

なんとなく、今日はうまくいかなかった日だと思った。

大きな失敗があったわけじゃない。誰かと喧嘩したわけでもない。だけど、私の中で「小さな引っかかり」が、いつもより強く残っていた。たぶん、そういう日の方が厄介だ。理由が言葉にならないから、気持ちの落としどころが見つからない。

冷蔵庫を開けた。昨夜の残りのサラダと、作り置きのスープ。ちゃんと食べれば整うはずなのに、今日はそれを「整える作業」みたいに感じてしまって、急に面倒になった。

私は食べることが好きだし、生活を丁寧にやりたい気持ちもある。だけど、どこかでいつも「丁寧」を盾にしてる気がする。丁寧に暮らせていない自分を、見ないようにするために。

そんなことを思いながら、結局、コンビニの袋を開けた。甘いパンと、温かいカフェラテ。なんだか、負けた気がした。誰に? 何に? 自分の理想に、かもしれない。

温めたカフェラテを片手に、ふとキッチンの隅に置いた保存容器が目に入る。透明なプラスチックのタッパー。ふたの角が少し欠けていて、しっかり閉めたつもりでも、たまに微妙にずれている。今日、会社に持っていったスープが、ほんの少しだけ鞄の中にこぼれていて、ハンカチが濡れていた。ほんの少し。だけど、手で触れたときの湿り気が、なぜか今日の私の気分を象徴しているみたいで、ちくっと刺さった。

こういう「ほんの少し」に、今日の私は負ける。

ほんの少しのこぼれで、今日は全部が崩れた気がした

会社では、ちゃんと笑った。ちゃんと返事もした。会議もこなしたし、ミスらしいミスもない。たぶん周りから見たら、普通の日。

でも、昼休憩にスープの容器を取り出したとき、鞄の内側に小さなシミができていて、私は心の中でひどくため息をついた。

たかがスープ。たかがシミ。そんなこと、いちいち気にしなくていいのに。

なのに、私はその場で「私って生活が下手だな」と思ってしまった。誰もそんなこと言ってないのに。自分だけが、自分に言った。

そのあとの午後、仕事のひとつひとつが少しだけ重かった。やることはいつもと同じなのに、心の奥に「うまくいかない」という水たまりみたいなものができて、そこに足を取られる感じ。乾かない靴下で歩くみたいな。

帰り道、駅のホームで、前の人のコートの裾が風で揺れたのを見て、急に「私はちゃんとやれてるのかな」と思った。何を、どこまで、ちゃんと? そういう問いは答えがないのに、ふいに浮かんでくる。

家に帰って、鞄から濡れたハンカチを出した。指先に残る湿り気。小さな匂い。たぶんスープの、ほんの少しの匂い。それがなんだか情けなくて、私はキッチンの前で少しだけ立ち尽くした。

そのとき、頭の中にふっと流れてきた。

「ちゃんと閉まる容器があれば、こうならなかったのに」

それは単純な発想で、同時にすごく危険な発想でもあると思った。何かひとつ道具を変えれば、人生が整うみたいに錯覚する。だけど、私は今日みたいな日に、そういう錯覚にすがりたくなる。

そして、スマホを開いてしまった。

保存容器。漏れない。かわいい。洗いやすい。レンジOK。冷凍OK。

検索というより、逃避だった。答えを探すふりをして、今日の私の「うまくいかなさ」から視線を逸らすための。

その中で目に入ったのが、シリコーン製保存容器「スタッシャー」の公式オンラインショップのお知らせだった。

数量限定のHAPPYセットを販売中で、中身は届いてからのお楽しみ。
HAPPYセットはA〜Eの全5種類から選べて、どのセットも一律48%OFF。なくなり次第終了。

文章だけ見ると、普通に「お得だね」で終わる話。なのに今日の私は、その情報に変に胸がざわついた。お得、という言葉に反応したというより、「中身は届いてからのお楽しみ」って部分に、引っかかった。

私は最近、驚きが少ない。生活がだんだん予測できる範囲に収まってきて、買うものも、食べるものも、会う人も、ほとんど想定内。安定は大事だし、平和なのに、どこかで飽きている自分もいる。

でも、驚きが欲しいと言いながら、実際は怖い。知らないものが届くことも、失敗することも。だから私は「選べるA〜E」に安心して、「中身はお楽しみ」に少しだけ心が動く。矛盾している。

“お得”の裏にある、私の小さな焦り

女性 キッチン

48%OFFって、数字としてはかなり強い。自分でもわかる。たぶん普段なら「買い」だと思う。

だけど、今日の私はその割引率を見て、嬉しいより先に、ちょっとだけ苦しくなった。

なんでだろうって考えて、たぶんこういうことだ。

私は「お得」に弱い。お得なものを選べた自分で、何かを取り返したくなる。生活がうまく回っている証明みたいに、お得な買い物を積み上げたくなる。

今日みたいに、スープがこぼれたとか、パンを食べたとか、そういう「些細な負け」が重なると、私は急に自分のことを信用できなくなる。
だから、何かを「正しい選択」したくなる。買い物で、立て直したくなる。

でも、本当は知ってる。保存容器が変わっても、今日のモヤっとは消えない。
ハンカチの湿り気は乾くけど、心のほうはまだ少し濡れている。

それでも私は、スタッシャーの写真を見て、色の可愛さに少し救われた。なんか、ちゃんとしていそう。大人の生活っぽい。持ち物が整っている人の空気がする。

「そういう人になりたい」という気持ちが、画面越しにじわっと湧く。
この「なりたい」は、努力というより憧れに近い。
そして憧れは、いつだって少しだけ自分を傷つける。

A〜Eのどれを選ぶ?って、心の中で考え始める。
用途、サイズ、生活の動線、冷蔵庫のスペース。
「私に合うもの」を選ぶはずなのに、いつの間にか「私を良く見せるもの」を選ぼうとしている。

こんなに小さな容器ひとつで、私はどこまで自分を演出しようとしてるんだろう。
そのことに気づいた瞬間、ちょっと恥ずかしくなった。

でも、恥ずかしいって感情の奥に、別の本音がある。

たぶん私は、今日みたいな日こそ、誰かに「大丈夫だよ」って言ってほしい。
保存容器でも、割引でもなく。
ただ、うまくいかなかった私そのものに。

だけどそれを言う相手がいないから、私はモノに語りかける。
「これがあれば大丈夫」って、自分に言い聞かせる。

そして、その言い聞かせを完全に否定できない自分もいる。
暮らしって、そうやって小さな道具や小さな工夫に支えられている部分も確かにあるから。

だから私は、まだ迷っている。
買うのか、買わないのか。
お得だから、という理由で決めてしまっていいのか。
「中身はお楽しみ」に心が動く自分を、かわいいと思っていいのか、それとも軽いと思うべきなのか。

答えを出さないまま、キッチンのシンクに立って、欠けたふたのタッパーを洗った。
洗いながら、今日の自分の気持ちも一緒にすすげたらいいのに、と思った。

水の音だけが、部屋に響く。
流れていくのは泡だけで、モヤっとは残ったまま。

それでも、泡が消えて、容器が少しだけきれいになった。

たぶん、私の今日も、そういう感じなんだと思う。
全部は整わない。
だけど、ほんの少しは、整えられる。

その「ほんの少し」を、私は明日も拾い集めるんだろう。
お得なセットに心が揺れる夜みたいに。
スープがこぼれた程度で、世界が崩れた気がする日みたいに。

……ねえ、暮らしって、いつからこんなに「自分の評価」に直結するようになったんだろう。

答えはまだ出ないまま、スマホを閉じて、カフェラテの最後の一口を飲んだ。
温かさだけが、少しだけ喉に残った。

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