雨の日の服のにおいが急に気になった夜、自分の疲れまでバレた気がした話

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雨の日のクローゼットから、自分の機嫌が少しだけ漏れていた話

女性イメージ

湿った服のにおいで、なぜか自分までくたびれて見える夜があります

6月2日。暦の上では、そろそろ梅雨の足音が近づいてくる頃です。
朝の空気に少し湿り気が混じって、洗濯物が乾ききらない日が増えてきます。紫陽花のつぼみが少しずつ色を持ちはじめる季節なのに、こちらの心はそんなにきれいに色づいてくれません。

雨の日の悩みといえば、前髪がうねること、靴が濡れること、服選びに困ること。
たぶん、そこまではよくある話です。

でも本当は、もっと小さくて、もっと言いにくい悩みがあります。
それは、帰宅したときにふわっと立ちのぼる「服のにおい」です。

汗とは違います。香水とも違います。
洗剤の香りが少し疲れて、部屋干しの湿気と混ざって、通勤電車の空気をほんの少し吸い込んだようなにおいです。

誰かに指摘されたわけではありません。
むしろ、誰も気づいていないかもしれません。

それなのに、玄関でパンプスを脱いだ瞬間、ふと自分で気づいてしまうのです。
「あ、今日の私、なんか生活に負けてるかも」と。

この感覚、少しだけ残酷です。
メイクはちゃんとしたはずなのに。
髪も朝は整えたはずなのに。
バッグの中にはリップも、ハンドクリームも、念のためのミントタブレットも入れていたのに。

それでも、雨に濡れた服の空気だけで、自分の一日が少し雑に見えてしまうのです。

30代になると、清潔感という言葉が急に重たくなります。
若い頃は「かわいい」でごまかせたものが、今は「ちゃんとしているか」に変わっていきます。

服が高いかどうかより、シワがないか。
メイクが盛れているかより、疲れて見えないか。
香りが華やかかどうかより、不快感がないか。

誰かに評価されるためというより、自分で自分を見たときに、がっかりしたくないのです。

雨の日の帰宅後、脱いだ服を椅子にかけたまま、しばらく動けない夜があります。
洗濯機に入れるほどではない。
でも、もう一度着るには少し気になる。
クリーニングに出すほどでもない。
でも、クローゼットに戻すのはなんとなく嫌です。

そういう中途半端な服が、部屋のすみで静かにこちらを見ています。

まるで、今日の私みたいです。
完全にダメではない。
でも、完璧でもない。
誰かに責められるほどではない。
でも、自分では少し気になっている。

30代の毎日は、この「責められるほどではないけれど、自分では気になること」でできている気がします。

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雨の日の服選びは、実はおしゃれより自己防衛に近いです

雨の日の朝、クローゼットの前で固まる時間があります。
白い服は避けたい。
ロングスカートも濡れそう。
淡い色のパンツは泥はねが怖い。
お気に入りの靴は出したくない。

そうして選ばれるのは、だいたい無難な服です。
汚れが目立たなくて、濡れても気になりにくくて、洗いやすくて、そこそこきちんと見える服です。

でも、その「そこそこ」が、なぜか心を少し削ります。

本当は今日、もう少し明るい色を着たかった。
本当は新しいブラウスをおろしたかった。
本当は鏡の前で「悪くないかも」と思って出かけたかった。

でも雨だから。
濡れるから。
湿気で台無しになるから。

そうやって、自分の気分を先に小さく折りたたんでから出かける日があります。

大人になると、服選びは単なるおしゃれではなくなります。
仕事で浮かないこと。
電車で不快にならないこと。
帰宅後に手入れで疲れないこと。
誰かに会っても、ちゃんとして見えること。

そしてなにより、自分の生活感が外に漏れすぎないこと。

この「生活感を隠す」という行為が、たまにすごくしんどいのです。

一人暮らしの部屋には、畳んでいない洗濯物があります。
洗面台には、使いかけのスキンケアがあります。
冷蔵庫には、昨日開けた豆腐があります。
スマホには、返していないLINEがあります。

でも外に出るときは、そんなものを全部なかったことにして、きれいな顔で歩かなければいけません。

だから雨の日は、少し怖いのです。
湿気が、隠していた生活感をふやかしてしまう気がするからです。

前髪がうねる。
服が湿る。
靴が汚れる。
メイクが少し崩れる。

それだけなのに、自分の余裕まで剥がれていく感じがします。

恋愛でも、婚活でも、仕事でも、30代女性は「自然体がいい」と言われます。
でも、自然体でいるためには、見えないところでたくさん整えなければいけません。

自然に見える肌。
自然に見えるメイク。
自然に見える服。
自然に見える会話。
自然に見える余裕。

もう、自然体ってなんでしょうね。
ほぼ職人技です。

雨の日のクローゼットの前で悩んでいる私は、ただ服を選んでいるのではありません。
今日一日、自分がどれくらい崩れても大丈夫かを計算しているのです。

この服なら、少し濡れても耐えられる。
この靴なら、帰り道で足が痛くなっても我慢できる。
この色なら、疲れ顔でもなんとか見える。
このバッグなら、急に誰かに会っても恥ずかしくない。

おしゃれは楽しいはずなのに、いつの間にか「今日を無事に乗り切るための装備」になっています。

でも、それは悪いことばかりではない気もします。
自分を守る服を選べるようになったのは、大人になった証拠でもあるからです。

若い頃は、かわいさのために寒さを我慢しました。
歩きにくい靴でも、気合いで出かけました。
似合うかどうかより、流行っているかどうかを優先しました。

今は違います。
かわいいだけでは、夜まで持ちません。
自分の機嫌を守れない服は、だんだん選ばなくなります。

それは少し寂しくて、少し頼もしい変化です。

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においが気になる日は、心が疲れているサインかもしれません

服のにおいが気になる日と、気にならない日があります。

同じ服でも、同じ季節でも、なぜか気になる日があります。
たぶんそれは、においそのものだけの問題ではありません。

心に余裕がある日は、少しくらい湿っていても「まあ、雨だしね」と思えます。
でも疲れている日は、ほんの小さなにおいが、自分全体の欠点みたいに感じられます。

今日の私は、清潔感が足りなかったのかな。
今日の私は、ちゃんとできていなかったのかな。
今日の私は、誰かに変に思われたのかな。

そんなふうに、頭の中で勝手に反省会が始まります。

でも本当は、誰もそこまで見ていません。
見ていないのに、自分だけが自分に厳しいのです。

30代になると、自分を責める理由を探すのが上手になってしまいます。
肌の調子。
体型の変化。
髪のまとまり。
服の選び方。
恋愛の進み具合。
貯金額。
仕事の立ち位置。
休日の過ごし方。

どれも、誰かに点数をつけられたわけではないのに、自分の中に小さな採点者が住んでいます。

その採点者は、なかなか意地悪です。
雨の日の服のにおいまで、ちゃんと見つけてきます。

でも、そろそろその採点者に言ってあげたいのです。
「今日も一日、外に出ただけで十分えらいです」と。

雨の中、仕事に行った。
湿気で前髪が崩れても、人と話した。
足元が悪い中、買い物もした。
疲れて帰ってきて、鍵を開けて、部屋の電気をつけた。

それだけで、もうかなり頑張っています。

服が少し湿っていても、生活感が少し出ていても、それはだらしなさではありません。
ちゃんと今日を生きた証拠です。

部屋干しのにおいが気になるなら、洗えばいいです。
クローゼットに戻したくないなら、一晩ハンガーにかけておけばいいです。
お気に入りの服が雨で疲れたなら、少し休ませてあげればいいです。

そして自分自身も、同じように休ませてあげていいのです。

なぜ服には「今日は湿気がすごかったから仕方ない」と思えるのに、自分にはそう思えないのでしょうか。

雨だったから疲れた。
湿気が多かったから気分が重かった。
人に会ったから消耗した。
ちゃんとして見せようとして、少し無理をした。

それでいいのです。
人間も、布と同じくらい空気を吸っています。
その日の湿度や言葉や視線を、思った以上に含んでいます。

だから夜になったら、少し風を通す時間が必要です。

お風呂に入る前に、服をハンガーにかける。
窓を少しだけ開ける。
部屋の空気を入れ替える。
ついでに、自分の心にも少し風を入れる。

それくらいのことで、明日の自分が少し軽くなることがあります。

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本当に湿っていたのは服ではなく、あの人への期待でした

その日、私は雨に濡れた服を椅子にかけたまま、しばらく眺めていました。

ベージュのブラウス。
朝はもう少しきれいに見えたはずの服です。
でも夜の部屋で見ると、少しだけ疲れて見えました。

そのブラウスを着て、私は仕事帰りに婚活アプリで知り合った人と会う予定でした。
会うといっても、きちんとしたデートではありません。
駅近くのカフェで一時間だけ。
お互い仕事終わりだから、無理なく話しましょうという軽い約束でした。

朝、私はその服を選ぶのに少し迷いました。
気合いが入りすぎて見えるのは嫌。
でも、適当にも見られたくない。
雨の日でも重く見えない色がいい。
でも、濡れたら困る。

そんなことを考えながら、結局そのブラウスにしました。

ところが夕方、彼からメッセージが来ました。
「雨すごいですね。今日はやめておきますか?」

その一文を見たとき、私はすぐに返信できませんでした。

やめておきますか。
その言葉は、やさしいようで、少しだけ冷たくもありました。

本当に会いたいなら、「雨だけど大丈夫ですか?」になる気がしました。
もう少し言葉を足してくれる気がしました。
でも、彼の文章は、どちらでもいいように見えました。

私はしばらくスマホを見つめてから、こう返しました。
「そうですね、またにしましょう」

送った瞬間、少しだけ胸が沈みました。
別に失恋ではありません。
まだ好きでもありません。
ただ、少し楽しみにしていた自分がいたのです。

雨の日でも会う理由になるかもしれない。
仕事帰りの一時間が、少しだけ特別になるかもしれない。
そんな小さな期待を、朝のブラウスにこっそり乗せていました。

だから帰宅して、その服のにおいが気になったのだと思います。

湿っていたのは、服ではありませんでした。
私の期待でした。

会えなかったことより、楽しみにしていた自分を見られた気がして恥ずかしかったのです。
「別にそこまでじゃないし」と心の中で言い訳しながら、本当は少しがっかりしていました。

大人になると、期待することに照れてしまいます。
恋愛でも、仕事でも、日常でも。
楽しみにしていた自分を隠すのがうまくなります。

でも、その夜、椅子にかかったブラウスを見ていたら、ふと思いました。

この服は、ちゃんと今日の私に付き合ってくれたのだと。

雨の中、朝から夜まで一緒にいてくれました。
会えなかった約束も、言えなかった残念も、全部吸い込んでくれました。
だから少し湿って、少しくたびれて、少しにおいが気になったのです。

それは汚れではなく、記録でした。

私はブラウスを洗濯機に入れず、ハンガーにかけました。
窓を少し開けて、部屋の空気を入れ替えました。
雨の音が、遠くで小さく続いていました。

そしてスマホを開いて、彼とのトーク画面をもう一度見ました。

返信は来ていませんでした。
でも、不思議とさっきほど苦しくありませんでした。

私はそのまま、メモアプリを開きました。
そこに、こう書きました。

「雨の日に会えなかった人より、雨の日の私を覚えている服のほうが、ずっと正直だった」

書いた瞬間、少し笑ってしまいました。

もしかしたら、今日いちばん私のことを見ていたのは、彼ではなく、このブラウスだったのかもしれません。

そして私は思いました。
次に雨の日の約束があるときは、濡れても洗える服を着ようと。
でも、期待することまでは洗い流さなくていいのだと。

雨の日のクローゼットには、自分でも気づいていない本音が隠れています。
前髪よりも、靴よりも、服のにおいよりも。
本当に気にしていたのは、「私はまだ誰かに会うことを楽しみにできる人間なんだ」と気づいてしまうことだったのです。

それは少し恥ずかしいけれど、悪くないことです。
湿った服みたいに、心も一晩風に当てれば、また着られる日が来ます。

明日の朝、ブラウスが少し乾いていたら。
たぶん私も、少し乾いています。

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